「司馬遼太郎」「藤沢周平」の作品は面白い

朗読コラム

 司馬さんは、産経新聞大阪本社在職中の昭和35年に37歳の若さで直木賞を受賞した。当時の写真を見ると、直木賞の授賞式には「源氏鶏太」「川口松太郎」「戸板康二」「吉川英治」「海音寺潮五郎」「村上元三」という錚々たるメンバーが揃っている。

司馬さんの小説はよく読んだ。「梟の城」は勿論、新選組を書いた「燃えよ剣」、幕末の維新前夜を書いた「翔ぶが如く」。その他「竜馬がゆく」「項羽と劉邦」「坂の上の雲」「国盗り物語」、「花神」「胡蝶の夢」・・・もう一度読んでみたい作品は沢山ある。

私の教室では、幾つか司馬作品を教材にしたが、女性にはこの手の作品はあまり人気がないみたいで、いつのまにか抽斗に仕舞ってしまった。
司馬作品は、歴史を書いているけど、視線の先に日本はどこへ向かうのかという、未来を見据えたテーマがあったような気がする。思考の原点として「日本の自然をこれ以上壊さない。子孫に美しい小川や山を残す。それが一番大事で、みんなが合意できなくてはならない」を一貫して訴えた力は強烈であった。
小説以外でも、エッセイや評論などで、日本はどうあるべきかを訴え続けた。

しかも司馬さんは、時代の人物を想像豊かに、しかも理解しやすく読者に提供してくれた。
あるインタビューで「戦国武将や歴史上の人物で誰が一番好きですか」と聞かれた司馬さんは「あんたは親戚のうち誰が好きかと聞かれたら、どう答える?親戚やから、ええとこも悪いとこも見てるよな。だから、どの人を好きと言われへんな。それと同じなんや」と答えたという話がある。司馬さんは親戚と同じくらいの距離感で、歴史人物の近くにいたのであろう。

一方、藤沢周平作品は朗読する女性には人気がある。「隠し剣秋風抄」「時雨のあと」「本所しぐれ町物語」「雪明り」「夜の橋」「日暮れ竹河岸」「蝉しぐれ」などは、司馬さんの時代小説とは違い、テーマ性に重きは置かないので、どこを切り取っても朗読作品になり易いのかも知れない。これはあくまで私見なのだが、庶民や下級武士の哀歓を織り込んだ作風は、読者に近い設定で琴線に触れやすいのだろうか。

藤沢さんの妻は28歳で亡くなったが、その影響を受けて、初めは暗い仕上がりの作品が多かったと本人も語っている。確かに、初期の作品は「別離で終わる男女の愛」や、「死んで物語が終わる武士の一生」など、ハッピーエンドと程遠い作品が多い気がする。

しかし、途中からユーモアに溢れた作品へと転換するあたりが人間の生き方と連動していて興味深い。これも読者との距離の近さなのかも知れない。
司馬さんも藤沢さんもほぼ同世代を生きぬいて、同じような年齢で世を去った。

司馬さんは昭和35年に「梟の城」で、藤沢さんは昭和48年に「暗殺の年輪」で直木賞を貰い、競うように数多くの名作を残してくれた。
私たちは、残された珠玉の作品を、朗読という手段で伝えられるのだからこんな楽しいことはないと思う。
高橋朗読教室 高橋征二